2013年4月・5月の3冊 本文へジャンプ
今回は福祉援助職が他者と共感することを考える際にお勧めの3冊です。


 窪田暁子著『福祉援助の臨床〜共感する他者として〜』、誠信書房、2013年


内容

 2013年1月・2月・3月は、論文の追い込みと提出、提出後の虚脱状態で、本の紹介はお休みしました。
 2月末からは、それまでの反動か様々なジャンルの本を乱読。そのなかから、今回は福祉援助職にお勧めの3冊をご紹介します。


 これまで、周りの方から窪田先生のお名前をうかがう機会は多くありました。が、私自身は先生の講義を聴いたことがなく、面識もありません。今回、書店で見かけたこの本のタイトルと窪田先生のお名前に惹かれて購入し、読んでみました。
 読み始めての感想は、私が言うのも生意気ですが、タイトルにあるとおり「臨床に長けていらっしゃるし、それを簡潔・的確にまとめていらっしゃるなぁ」というものです。そう感じた理由は以下のとおりです。福祉援助の臨床場面には幾通りもの変化の可能性のある雑多な現実が交錯しており、我々教師が「ソーシャルワーク論」の講義で教える際のポイントは、画一的ではない福祉臨床の現実とそれへの対応を、いかにリアリティを持たせながら伝えられるかという点です。ともすれば、教科書的な知識の分割の提示で終わってしまったり、一事例を示してもその事例の細部が多様なバリエーションをはらんで展開されている現実がある、という点まで伝えきれずに終わることがあります。
 その点について、この本のなかでは次のような記述があります。「過去、24時間に口に入れたものすべて、水も薬も、お菓子類もお酒も、もちろん食事も、何時ごろ、誰とどこで食べたか、なぜそういうことになったのか、それはいつもよくあることなのか、それとも大変特別なことだったのか、を尋ねたことがあります」(p.107)。「(アルコール依存症者の)底つきこそが、依存症者の病気の自覚のためには必須であるというような主張がなされることもあります。しかし、われわれは、そのような体験を必須とは考えませんし、その体験を持たない限り治療が始まらないとも考えません。援助の方法はさまざま研究されており、成果も上げています」(p.150)。このように、多様な援助アプローチについて記述されており、熟練したワーカーだったからこその技術と視点が、あちらこちらに展開されています。
 また、本書のサブタイトルである「共感する他者として」の眼差しが、全体の通奏低音となっています。「自分の言い表しがたい気分に共感を持って接してくれる、安心できる、好感の持てる相手の目の中に映っている自分と出会うことによって、人は自分自身を新しい眼で見直すことを学ぶのである。(中略)そのような意味で、専門援助者は、『共感する他者』なのであり、そのようでなければならない」(pp.55-56)。先生の他者に対する思いがこめられた一節だと思いました。
 私がソーシャルワーカーだった時に、尾崎新先生の本が自分のなかでヒットしたように、おそらくソーシャルワーカーとして3年以上経過して自らの実践を見直す機会に恵まれた人にとって、この本の内容はとても響くのではないかと思います。



目次


序章 「生の営みの困難」
  第1節 「生活困難」とは
 第2節 「生の困難」
 第3節 「生の営みの困難」

第1章 「生の営みの困難」援助の専門職
 第1節 ソーシャルワーク論の語る援助の基本原則
 第2節 援助における専門職の責任

第2章 「福祉援助の臨床」という視点
  第1節 福祉援助の臨床という視点の提案
 第2節 福祉援助の臨床という視点がもたらすもの

第3章 福祉援助の臨床──その基本技能は面接
  第1節 面接のはじまり
 第2節 面接の基本構造

第4章 援助関係の考察──援助者は基本的に「共感する他者」である
  第1節 「共感する他者」という存在
 第2節 誰がクライアントか
 第3節 関係者との連携、相互協力における配慮

第5章 面接のスキルとしてのコミュニケーション
 第1節 面接におけるコミュニケーション
 第2節 共感的受容のための状況設定
 第3節 孤立する他者への呼びかけと、相手の「支配」を抑える言葉と
 第4節 基本的応答パターンの考察
 第5節 集団場面における個別コミュニケーション
 第6節 多様な援助技法および多様な活動の導入、それらとの接続

第6章 援助のはじまり──援助課題の確認(アセスメント)
 第1節 「生の営みの困難」の内容確認
 第2節 確認のための面接──若干の手がかり
 第3節 援助課題の限定とその命名

第7章 援助計画(目標・方法・期間)と共同作業
 第1節 目標と方法と期間をセットで考える
 第2節 救急、短期、中期、長期の援助計画、および危機介入
 第3節 援助は共同作業である

第8章 援助方法としての集団場面および集団関係の活用
 第1節 なぜグループ?──個別援助との違いと関連
 第2節 集団援助と個別援助──それぞれが特に有効な場合
 第3節 集団場面、集団関係、集団過程
 第4節 プログラム活動
 第5節 自助グループと援助専門職
  第6節 擬似家族、擬似コミュニティ、治療共同体など
 
第9章 援助の終結に向かって──評価をめぐる共同作業
 第1節 いつ、誰が、何を評価するか
 第2節 評価の結果を生かすということ

終章 「生の困難」を越えて
 第1節 「生」の全体が勢いを取り戻すとき──「生の困難」を越えて
 第2節 「生の営みの困難」がその様相を変えてゆく
 第3節 苦難を乗り越えた人々の語り──神話の誕生:「サバイバーズ・ミッション」の発見
 第4節 ミクロの社会(福祉)思想──その種子を蒔く




 綾屋紗月・熊谷晋一郎著『つながりの作法〜同じでもなく違うでもなく〜』、NHK出版 生活人新書、2010年


内容

 フェイスブックでお友達が紹介していた記事で熊谷晋一郎さん(小児科医)のことを知り、読んでみました。アスペルガー症候群の綾屋さんと脳性まひの熊谷さんという障害当事者が、世界や他者との「つながり」に困難をかかえて生きながら体験し、感じたことを書いた本です。二人とも東京大学出身のエリートです。
 綾屋さんはアスペルガー症候群ゆえに、「自分の身体の内側からの思い思いの訴えも大量に聞き、身体の外側からのバラバラな情報も、感覚飽和が生じるほど、細かく、大量に受け取る」(p.21)日々を過ごしており「つながらない身体のさみしさ」を抱えています。一方、熊谷さんは痙直型脳性まひで、「一つの筋肉が緊張すると、ほかの多くの筋肉も一斉に緊張してしまうという特徴」があり、「身体の各部位同士のつながりが強すぎると、一つの小さな動きをしたくても、全身運動をしてしまって疲れやすいことが問題になる」(p.47)という「つながりすぎる身体の苦しみ」を抱えています。
 この二人が自らの経験から当事者研究の可能性を探り、つながりの作法を提案しています。項目だけだとわかりにくいのですが、つながりの作法は次の4点です。@世界や自己のイメージを共有すること、A実験的日常を共有すること、B暫定的な「等身大の自分」を共有すること、C「二重性と偶然性」で共感すること(p.156)。項目の詳細については、本書をお読みください。
 ちょうど私自身が発達障害を持つ人への対応に悩まされているところだったので、アスペルガー症候群の理解を深めるのに役立つ1冊でした。


目次


第1章 つながらない身体のさみしさ

第2章 つながりすぎる身体の苦しみ

第3章 仲間とのつながりとしがらみ

第4章 当事者研究の可能性

第5章 つながりの作法

第6章 弱さは終わらない



 伊藤真著『深く伝える技術』、サンマーク出版、2013年


内容

 書店で見て、タイトルとチャップリンの装丁に惹かれて買いました。筆者は司法試験塾を開設する弁護士であり、30年間にわたり、塾長、講師、弁護士として伝えることを行ってきた経験に基づき執筆されています。タイトルには「技術」とありますが、読んでみると技術もさることながら、深く伝えるための技術の根底にある「姿勢・思想」を伝えたいのだな、ということがわかります。
 内容の多くは私自身が実践していることと重なるため、多くの発見があったわけではありませんが、面白いと思った記述がいくつかありました。例えば、「『伝える』とは、自分の頭の中にある多次元の情報を、一次元の一直線の情報に変換して、相手に渡すことと私は思っている。相手もその一次元の情報を、多次元の情報に変換して受け取っている。私たちは互いに『変換』し合ったもので、意思疎通をはかっているといえる。だから、相手が頭の中で『変換』しやすいように意識することが大事になってくるのだ」(pp.43-44)。「(相手に伝えることを)『先延ばし』にするのも、人間の知恵のひとつだ。『先延ばし』にすることで、未来の成長した自分に解決をゆだねることができる」(p.71)。「小さな配慮の積み重ねが、深く伝えるためには大事」(p.92)等々。
 人に何かを伝えるソーシャルワーカーだけでなく、これから非常勤講師を行う大学院生や、若い教員が読むと、きっと沢山の気づきがあると思います。


目次


第1章 思いやりをもって伝える
 「相手を動かそう」としてはいけない
 「伝えたあと」のことを、どれほど意識しているか?
 相手が「今は望んでいないもの」まで考え抜く
 サスペンダーとポケットチーフにこだわる理由
 「身近な人」にこそ言葉を尽くす
 100%を目指さなくていい

第2章 わかりやすく伝えるために
 「一時間」のために「一〇時間」準備をする
 相手に伝わらない「最大の原因」とは?
 頭の中で「変換」しやすい伝え方とコツ
 「もっと聞きたい」と思われるための三箇条
 ありのままに言うことがすべてではない
 「10秒」でもズバリ言うために必要なこと
 自分の思いと「格闘」しているか?
 わざと「わかりにくい講義」をする理由

第3章 熱意をもって説得する
 「アリストテレスの三要素」で説得する
 「エトス」に磨きをかけなさい
 「先延ばし」にすることの効用
 一瞬で聴衆をわしづかみにする人の特徴
 なぜ最初に「相手の言い分」を聞くべきなのか
 「原点」を呼び覚ます質問が「やる気」を生む

第4章 話すことの無限大の力
 思いは、言葉にして発することで伝わる
 「耳」だけでなく「目」を使ってもらう伝え方
 どうでもいいような「小さな配慮」を積み重ねる
 伝えたいメッセージに応じて「服装」をどんどん変えなさい
 ある人気講師の話し方の秘密とは?
 「情けない話」はとことん具体的に話す
 ボデランゲージのメリットとデメリットとは?
 少し意識するだけで印象が変わる二つのポイント
 「表情」で損をしていませんか?
 生まれつき話し上手な人などいない

第5章 心が伝わる書き方
 書き方の基本は「ワンテーマ・ワンセンテンス」
 それを「粘土」で表現するとどうなるか?
 悩んだら「手を使って」とにかく書いてみる
 「あとで役に立つ」ための書き方を意識する
 その文章に「想像力」は宿っているか?
 目に見えないものを、目に見えるものにする

第6章 未来に伝える
 人は必ず変わることができる
 「ゴール」から発想して伝える方法
 伝えることは「自分を磨くこと」である
 「直に」話しを聞く機会をもちなさい
 「本当に伝えたいこと」は「いつか必ず」伝わる
 「一人の思い」から、すべてが始まる



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